ともいきエッセー

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vol.55 「ともいき」って難しい?

 先日、「ねぇお父さん、ここにミサイルが飛んできたら、どうしたらいい」と、福岡に住む娘が訊いてきた。「う~ん、死ぬしかないね」と小生は冗談まじりに答えた。北朝鮮の核実験やミサイルの発射実験が報道番組で盛んに取り上げられているからだ。娘の住んでいる地域は、地下鉄には遠く、地下があるような建物もない。そんなことは起らないことにこしたことはないが、実際、何が起るかは分からない。娘の心配も当然のことで、それに対する小生の答えも、冷たいようだが、それしか言いようがない。

 それにしても、今世界はおかしくなっている。保護主義だ、移民排斥だなどと自分の国さえ良ければいいような人々が増えている(移民問題については日本も難しい立場にある)。グローバル化したこの世界で、自分の国さえ良ければいいなんてことが実現可能だろうか。現在の資本主義も民主主義も問題が多いが、そんなことをすれば、格差も広がり、力の弱い国が大国に脅されますます惨めになっていくだろう。

 「世界に共生を(浄土宗21世紀劈頭宣言)」を標榜している浄土宗と本財団としては、自分の利益を追う自利と他者を利する利他の精神があってこその「ともいき」を主張している。この自利利他を兼ね備えることこそ大乗仏教の理想なのだ。自利と利他どちらが欠けても「ともいき」は実現しない。しかし今の世界は、自利ばかりが主張されている。他者を思いやる心が薄れてきている。

 「ともいき」こそ平和のもとであり、人々の願いであるはずだ。個々の人がこの精神をしっかり自覚すれば、国だって変わる。難しいことなのだろうか。(J)

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