ともいきエッセー

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vol.56 「卑怯」

 いじめが原因と思われる自殺が後を絶たない。悲しいことだ。自らいのちを絶とうと思うまでの気持ちは、どんなにか悔しく切ない思いだっただろう。日々のニュースを見ていて、このいじめによる自殺のニュースを見るのが一番つらくイヤなことだ。当事者の心中を思うとやりきれない気持ちになってくる。

 それにしても、なぜ、このいじめが無くならないのだろう。新聞やテレビで自殺に至るまでのことがいろいろ報道され、また、いのちの大切さが訴えられるが、一向にいじめが無くなることはない。

 こうした報道を見ていて、ひとつのことに気がつき、なぜだろうという疑問が湧いた。それは、「卑怯」という言葉が使われていないことだ。小生は、いじめる人たちを「卑怯者」だと思う。「卑怯」とは、「①心が弱く物事に恐れること。勇気のないこと。臆病。②心だてのいやしいこと。卑劣(広辞苑)」という意味だ。よってたかってひとりの者をいじめるなど勇気のない行いであり、卑劣極まりない。

 いじめが原因と思われる自殺があった場合、教育関係者や警察は、その原因をあれこれ探し、結論はかなり後になって発表される。しかし、自殺した人の周囲にいた人たちは知っているはずだ。その「卑怯」な言動を見ているはずだ。

 こうした「卑怯」な言動は、なにもいじめに限ったことではなく、今の世には大人の世界でもあちこちで見られる現象になっている。どうすれば無くなるのだろうか。情けない。(J)

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