ともいきエッセー

一覧へ

vol.59 「寛容なき社会」

 先般、女性国会議員の秘書に対する暴言・暴行が世を騒がせた。テレビのワイドショウでは、その異常とも思える暴言の音声をこれでもかというほど何度も流し、華麗な履歴と対象に、精神科医まで出して彼女の人間性を責め立てている。「どうしようもない人ね。もうこの人もおしまいね」と、"他人の不幸は密の味"と言わんばかりに興味津々とテレビを見ている妻を横目で見ながら、「かわいそうに、これから先、彼女はどう生きるんだろうか。家族はどうなるんだろう」と思ってしまう。

 彼女の言動はたしかに悪い。そして、人間としての品がない。しかし、そこまで責め、さらし者にすることはないだろうと思う。完璧な人間などいない。人間だれしも腹のたつことはあるし、また、失敗もする。それを許さず、近年は特に、責任ある立場の人や芸能人のちょっとした失言やミスでも、重大事のように大騒ぎして責め立てることが多いような気がする。悪いことをした人は、過去の瑣末な悪事まで洗いざらい見つけ出してさらし者にする。ツイッターやブログなどもそうだ。

なぜだろう。何か、社会全体がイライラして、落ち度のある人を攻撃したがっているような気がしてならない。

こんなことでいいんだろうか、と、寛容の精神が欠けたこの社会の恐ろしさを考えてしまう。「ともいき」を標榜する財団の人間として、なんとかこのような状態を改善できないかと思うが、優しさや思いやりはどうしたら育まれるのだろう。もっと「こころ」にゆとりをもってほしい。

このページのトップへ