ともいきエッセー

一覧へ

vol.62「いいかげんにしろ、このドアホー」

 最近、世の中や世界の出来事を見ていると、やたらと腹のたつことが多い。歳をとったからだろうか、つい目先の出来事に反応してしまう。

 先日も妻とテレビのニュースを見ながら、「いいがげんにしろ、このドアホー」と怒りを爆発させてしまった。画面では北朝鮮のミサイルと、米国に対する罵りの文面がテロップで映し出されていた。「そんな実験にお金を使うくらいなら、餓えた国民を救うことを考えろ。それが国のリーダーのすることだ」と。これは北朝鮮にだけ言いたいことではない。売り言葉に買い言葉のように反応する米国のリーダーにも言いたい。彼にはそれ以外にもいろいろな問題発言を起こしている。ニュースを見ていて、心の底から「いいかげんにしろ、このドアホー」と言ってやりたい。

 しかし、これは北朝鮮と米国だけの問題ではない。いま各地に広がる紛争もそうだ。どうしたら争いの無い、人々が安心して暮らせる世界になるかを全世界が考えなければいけない問題だ。それがリーダーの仕事であり責任だ。それなのに、そっちがそうならこっちはこうだ、みたいに、まるで知性を感じられない言葉のやりとり。ばかげている。

 いっそのこと、全世界の軍隊を解散して、それにかけていた金額を人々の安心できる生活に使ったらどんなにいい世界になるだろうか。リーダーたちにはそれを考えてほしい。そのためにリーダーたちは「不惜身命」で尽くしてほしい。

 ナショナリズムが台頭しはじめている今日の世界。皆がみな自国の利害だけを考えたらどんな世界になるか、そんなこと考えなくても解るだろう。

 どうしてそれができないのか。やはり、人間とは愚かないきものなのだろうか。

このページのトップへ