ともいきエッセー

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vol.74「人間として」、「人間だから」②

 人間とは、いったいどういう生き物なのだろう。前回、「人間として」という言葉の背後にある、「常に理性的で、ことの善悪をわきまえ、道徳的・倫理的にも間違ったことはしないような『人間』ではないだろうか」と書いたが、そこにもう一つ加えたい。「だからこうあるべきだ」という、人間の言動に対する視点があるのではないだろうか。たしかに、論理的に考えればそれらは「正論」である。「正論に反論なし」と言うように、論理的に組み立てられた思考は、一見正しいように思える。

 しかし、ひねくれ者の小生、そうした正論を振りかざす人たちに、「なに、ふざけたこと言ってんの。あんたら人間を何だと思ってるの」と言いたくなってしまう。そんな正論、何千年の昔から宗教家や哲学者が説き続けている。しかし、人間が、その正論で言うように生きてきているだろうか。ここが問題なのだ。正論を解く宗教家や哲学者は、しかし、一方で人間の感情にも言及している。人間は、理性も持っているが感情に左右されやすい生き物でもある、と。

 ここが「人間だから」という言葉につながっていくのではないか。これについては、また、次号で考えたい。

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