ともいきエッセー

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ともいきエッセー vol.10

「ベニクラゲに想う」

 お盆も終わり、海水浴に行った娘が足をクラゲに刺されて帰ってきた。まだ海水浴をする人には要注意だ。
 クラゲに刺された痕を見ながら思い出したことがある。20年ほど前になるだろうか、不老不死のクラゲ――ベニクラゲ――が話題になった。"死なない"というのである。それまで「生者必滅」を説いてきた仏教者として、これはショックなニュースだった。命あるものには必ず死がある。だからこの命がある間を大切に、有意義に生きなければ、と言っていたのが、音を立てて崩れていったかのようだった。このベニクラゲの存在を知った以上、この話はもう使えないと思った。
 ベニクラゲは、ヒドロ虫網に属するクラゲの一種で、温帯から熱帯の海域に生息、日本の沿岸でも見ることが出来る。1cmほどの大きさで、透明な体に紅色の消化器官が透けて見えることから、この名が付いたという。このベニクラゲ、捕食されない限り死なない。強いストレスがかかると、細胞を再構築してポリプに戻る。いってみれば赤ちゃんに戻ってしまうというわけだ。  
ここからこのベニクラゲの遺伝子などを研究して、人間の不老不死の夢を実現できないかと、まさに夢のような話も盛り上がった。今でも研究をしているのだろうか。
しかし小生、これには大きな疑問がある。赤ちゃんに戻るということは、それまで生きた記憶はどうなるのか、だ。楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったことなどの記憶はどうなるのだろう。もし、それまでの記憶がすべて消えて、赤ちゃんに戻るのだったら、生まれるのとなんの変わりも無い。あえて不老不死を望む必要などない。また、仮に記憶が残るとしたらどうだろう。生きることは楽しいことばかりではない。四苦八苦の連続だ。それに死なないのだから、回りは人間ばかりになる。そんな社会に生きるとしたら四苦八苦どころではすまない新たな苦も生まれてくるかもしれない。日々、三毒(欲望・怒り・愚かさ)に突き動かされて生きている小生とすれば、苦のオンパレードになってしまう。そんな身には、「さまよえるオランダ人」ではないが、死ねない苦しみも生まれそうだ。
やはり、人間は不老不死など望まないほうがいい。極楽往生を願い、寿命に従って自然に生き死ぬのがいい。宗教心が希薄になったと言われている今日、それに比例して死に対する恐れも増しているようだ。我が身の「生」、そして「死」をもっと真剣に考える必要があるだろう。(J)

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