ともいきエッセー

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ともいきエッセー vol.13

「和顔愛語(わげんあいご)」

「和顔愛語」、よく耳にする仏教語であるが、世の人々はなかなかこれを実践できないでいる。いや、ニュースなどを見ていると、現代の人々はこれとは反対の方向に進んでいるようにさえ見える。一時期、若者がちょっとしたことで「キレる」ことが話題になったが、最近では「暴走シニア」という言葉もあるらしい。人生経験を積んだ老人が、ちょっとしたことで怒りを爆発させて暴力沙汰をおこしてしまう、というのだ。なんと哀しいことか。日本人は変わりつつあるのか。
「和顔愛語」とは、浄土三部経のひとつ『無量寿経』にある句で、やわらいだ笑顔と、愛情のこもったやさしい言葉、という意味だ。他者と接するうえでの大切な教えである。僧侶は日々こうした教えを説いているのに、世はどうして逆の方向に進むのか。このエッセーの4で「いつごろからだろうか、真綿で全身を締めつけられるような圧迫感を感じるようになったのは。首だけではなく、全身だ。ジワジワ、ジワジワ、言いようの無い苦しさを感じる。この原因がいまの日本社会にあることは確か・・・」と書いた。だれもが「言いようの無い苦しさ」を身のどこかで感じ、イライラしているように感じられてならない。このイライラが、ちょっとしたことで爆発してしまう。心にゆとりが無くなっているからだろうか。どうしてだろう。原因は、現代社会の在り方そのものにあると思う。人間は、明るく前向きで正しくあらねばならない、というような風潮が蔓延っていて、それに身を縛られているのではないか。もっと自由でいい、心を解放して自分を見直してみよう。私は私でしかないのだから。背伸びなど必要ない。
いろいろ腹の立つことの多い世ではあるが、この「和顔愛語」を忘れずに人と接していれば、幸せは向こうからやってくるのだが・・・。(J)

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