ともいきエッセー

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ともいきエッセー vol.35

「家族のあり方」を考える

 いつごろからだろう、「家族のあり方」が話題になり始めたのは。そして今、家族・家庭は崩壊した、と言われるようになった。
 先日、書店に行って、書棚をゆっくり回って見ていたら、家族の煩わしさ、結婚生活の面倒さ、独り暮らしの気楽さ等々、家族という集まりに否定的な本が多数目についた。著者はほとんど女性。これを見ながら、なぜ今、女性がこのような本を書くのだろう、と考えてしまった。
戦前の家制度が戦後に廃止されたといっても、女性の家庭内や社会での地位は、そう短兵急には変わらない。長い日本の風習が、女性は家にという考え方を押し付けていた。それが近年の女性の社会進出にともなって、女性が女性の立場で女性の生き方に対する考え方を表明し出したのではないか。それはそれで良いことだと思う。
 しかし、である。それぞれが、煩わしいから、面倒だからと言って、自分の考え中心に生きだしたらどういう社会になるだろう。学生時代に「家族は社会の最小単位」である、と教えられた。家族といってもそれぞれ個性を持った違う人間の集まりである。考え方の違いはいくらでもある。そこをどのように調和させ、助け合って家族という社会の最小単位を維持させるか。そこには、優しさもあり、いたわりもあり、我がままもあり、我慢もあり、説得もあり、協調もあり、協力も必要となる。この社会に必要なものすべてがつまっている。こうした経験が、社会に出てから活かされるのではないか。その第一歩となる家族が壊れてしまったら、そう遠くない将来、社会も壊れてしまうだろう。いや、もう壊れ始めているのかもしれない。そんな気がする。
 ここでは、特に、書店で見た女性たちの意見について考えてみたが、その背景には、家庭・社会における女性の立場がいまだに弱いということではないか。こんなことを考えながら、女性も男性も、煩わしい、面倒だから、女だ男だとあまり肩肘張らずに、「ともにいきる」ために、お互いにもっと違いを認め、助け合い、優しく家族を支え合ってほしい。
 ちなみに、我が家では、妻・娘たちに小生が我慢の連続である。(J)

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