ともいきエッセー

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vol.102 「あした死ぬと思ったら」

 3月10日、東日本大震災から8年を迎えるテレビの特集で、出席者のひとりが「被災した人たちは、震災の前夜をどう過ごしていたんでしょうかね」と言った。この言葉を聞いてハッと思った。被災地の人々は、翌日に大地震が起きるなんて、だれひとり思っていなかっただろう、と。いつも通り、当たり前の日を過ごしていたに違いない。夫婦で、親子で、祖父母や友人と笑ったり泣いたり、怒ったり、ケンカしたり......。中には明日やそれ以降の日の予定を話し合っていた人もいただろう。

 想像すると、いろいろな情景が浮かんでくる。しかし、そうした日常が一瞬で破壊された。家族や友人を失ったご遺族には、様々な思いが去来した3月11日前後だっただろう。

 別れはいつ来るか分からない。自然災害はもちろん、事件や事故、急病など、私たちの周りには、いのちを落とす要因が満ちている。それなのに、私たちはあしたもきっと、きょうと同じような日を過ごすのだろう、と思って生きている。被災者たちからは、「普通に生活できていることが、どれだけ幸せかわかった」という話が多く聞かれた。

 一期一会ではないが、いま会っている人とは二度と会えないかもしれないと思えば、いま会っている人との一瞬一瞬がどんなに大切なものかが理解できてくる。そうしたらケンカ別れなどもってのほかだ。阪神淡路大震災を取材した折、震災で奥さんを亡くした男性が、「日ごろに文句ばかりを言ってないで、もっと優しくしておけばよかった。それだけが心残りだ」と語っていたことを思い出す。

 「絆」が大切と言いながら、人間関係がますます希薄になっている今日、あした自分が死ぬと思えば、きっと、一瞬一瞬を大事にするとともに、どんな人にも優しく接したくなるだろう。

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