ともいきエッセー

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vol.105 「自立心を養ってほしい」

 はっきり言って、どうでもいいことなのだが、先日の夜、妻と娘がSNSで炎上していることについて話していた。誰々がホームページにだした意見に、ああだこうだと反応する人の意見が炎上していると。私には何が何だかさっぱり分からないことだが、「SNSで炎上」という言葉はよく聞く。娘に内容を訊くと、私たちとは何の関係もない芸能人の発した意見に、人々が賛成だ反対だと騒いでいるらしい。

 「そんなことどうでもいいじゃない」と言ったら、「でも面白いじゃん」と娘。ホームページに出す芸能人も芸能人だが、それにいちいち反応する人がいて、やれ炎上だとメディアに取り上げられる。暇人の遊びなのか。私のような年寄りには、さっぱりその神経が理解できない。それとも、意識的に炎上させようとしているのか。売名行為だとの意見もある。

 そもそも、なぜ自分の意見や考え・行動をSNS上に出さねばならないのだろう。それも政治や社会に対するまともな意見や考えならいいが、単に表面上の思い付きや屁理屈が多いという。本人は真剣なのだろうか。これが分からない。それで多くの人から批判を受けたりする。各人が単に自己主張をしているだけだと思う。無視し放っておけばいいだけのことだ。

 こうした行動を、批評家は、背景に「賛同にせよ批判にせよ、人とのつながりを欲しているのでは?」と言う。今日のような〝たてまえ社会″の中で本音が言えず精神的な孤立や孤独を感じている人が、「私はここにいます」と、その存在感を訴えているのか。そして、その反応に、「私は独りじゃない」と、自分の存在を確認をしているのか。情けない。

 こうした現象をつらつら考えると、自立心が関係しているのではないか、と思えてくる。「人は人、我は我」と言うように、他者と自分とは、顔も違えば考えも違う、と違いを認めることができずに、みんな同じだと同調性を求めているのではないか。「ああ、この人はこういう考え方か」と放っておくことができずに、余計な干渉をする。そうしたことがSNSを使ったいじめや不寛容な社会をにつながっているのではないかとも思う。

 もちろん、SNSも今日の社会生活には欠かせない利器なのだろう。様々な情報を知るには、もはやこれなしではすまないだろう。くれぐれも使い方を間違えないようにしてほしい。いや、それ以前に、自分を見つめて自立心を養ってほしい。

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