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vo.108 「やりきれない悲しさ」

 6月1日、元農林水産省の事務次官の76歳になる父親が、44歳の息子を殺すという事件が起きた。殺害の理由は、その4日前の5月28日に川崎で起きた児童殺傷事件だという。引きこもり傾向にあった息子が、近所の小学校の運動会の音に腹を立て、「うるさい、ぶっ殺すぞ」と言ったことで、それを注意した父と口論になり、息子が川崎のような事件を起こすことを心配して、殺害を思い立ったと供述しているという。

 何と言っていいか、ただただ悲しい。

 殺害に至るまでの父の胸中にはどんなことが思い浮かんでいたのだろう? 息子がまだ幼かったころの可愛いさかりの姿か、家庭内暴力をしていたころの鬼の姿か。それとも、子どもたちを襲っている姿か。そしてまた、子育てのどこに間違いがあったのか......等々、同じ子を持つ父として、子を殺さねばならないとの思いに至るその胸中を思うと何ともやり場のない悲しさがこみあげてくる。防ぐことはできなかったのか。また、亡くなった息子には、両親や家族との楽しかった思い出はなかったのか。どちらの胸中を想像しても、やりきれない悲しさしかで出てこない。

 ともいき財団では、3年前から「家族」をテーマにフォーラムを開催している。家族の崩壊が言われている今日の家族関係を、どのようにしたら信頼と絆を取り戻すことができるかなどについて話し合っている。

 しかし、こうした事件を見ると、家族の崩壊はますます進んでおり、家族関係はもはや修復不可能でバラバラというところまで来ているのではないかとさえ思えてくる。そして、今日のさまざまな事件の根底には、きっと、この家族のあり方が関係しているのではないか、と思えてならない。

 どうしたらいいんだろう。家族って何だろう。

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