ともいきエッセー

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vol.112 「自分は見ている」

 人間は社会的な生きものだ。一人では生きていけない。衣食住、すべてが様々な他者からの提供によって成り立っている。そして、自分の言動も他者に何かを提供している。仏教では、これを縁というが、それはさておき、近年、こうしたことに気が付いていない人が増えているように見えてならない。

 それは、最近さっぱり聞かなくなった言葉、「公徳心」の欠如が背景にあるのではないかと思う。「公徳」とは、社会生活の中で守るべき道徳のことだ。この心が、どうしたわけか薄れ、自分さえ良ければ他者がどうなったっていい、というような思考が世に蔓延しているように感じる。人々が利己主義、自分中心的な考え方に陥っているのではないかと。

 いま問題になっているかんぽ生命保険をはじめとして、これまでにもデータの改ざん、嘘、詐欺、SNSを使った誹謗やいたずらを通り越した迷惑行為......。バレなければいい、みんなが面白がればいい、というような思いがあるのだろうが、そこには、そうした行為の影響がどうなるかという思考が欠けているのではないか。自分の言動が他者にどのような影響を与えるか想像することができないのだ。

 他者がいることを意識し、行動するのは人間の特性だ。他の動物は、まず自分優先だ。こうしたことから考えれば、人間は劣化してきているとも言えよう。「自分さえ......」という勝手な思考が、他者に対する配慮を忘れさせているのか。

 しかし、人間には心がある。これが人間を人間たらしめているところだ。何をするのも自由(?)だが、この心は自分が何をしているかをしっかりと見ている。人が見ていなくても自分は自分を見ているのだ。良いことをすれば心は喜び、悪いことをすれば心は痛む。この心を大切にしてほしい。人間なのだから。そして、この心こそがともに生きる精神につながっていると思う。

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