ともいきエッセー

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vol.123 「自己主張ばかりでは良い社会にならない」

 今年もあと数日。思い返してみれば色々なことがあった。

 時代が平成から令和に変わり、皇室行事が色々とテレビなどで紹介された。伝統を継承することと現代人の反応をおもしろく見たが、やはり日本人の宗教観はよく理解できない。それでいいんだろうと思う。

 この祝い事とは反対に、今年は台風や水害などの災害が記憶に新しい。いまも避難生活をしている人が多くいる。こうした災害は平成時代から増えていて、メディアなどはこれを異常気象といい、その原因が地球の温暖化にあると言っている。しかし、では、この温暖化を防ぐために私たち個人は何をしているだろうか。ただ欲望のおもむくままに生きていないだろうか。来年も同じような災害が起こるだろうと学者たちは警鐘をならしている。

 政治や社会に目を向けてみれば、議員の失言やら企業の不祥事が続いてこれが国民の代表かと思うような議員や企業の代表が大勢いる。これは毎年のことだ。それから、ここ数年○○詐欺と言うような詐欺の横行も一向におさまらない。高齢の人をだまして金銭を奪うことを何とも思わないような輩が増えている。そして、こうした犯罪を行っているのが若い世代だということが気にかかる。

 どうしてこんなことが起きるのだろう。人々が自分の利益しか考えていないように見えてならない。先週のエッセーに、被災地での人々の結びつきを紹介した。「ことが起きてからでは遅い」と。しかし、そうしたことはなかなか人々に伝わらない。やはり、ことが起きなければ解らないのか。

 こんなことを思っていた昨日、テレビのワイドショーで「帰省ブルー」ということが取り上げられていた。暮れから正月を夫の実家に帰ることがイヤだという女性たちの話だった。義父母や夫の兄弟・親戚に気をつかうのが煩わしいと。妻はそれを見ながら頷いていた。私にはその気持ちはわからない。社会のなかで生きていれば、他者に気を使うことはたくさんある。そういえば「忘年会スルー」ということも言われていた。これも職場の上司や先輩などに気をつかうことがイヤだということらしい。しかし、社会の中で生きていれば色々な人に会い、気をつかうことはたくさんある。いや、そうした気遣いこそ人と人の絆を結ぶことで基本だと思う。「帰省ブルー」だとか「忘年会スルー」のような個人の思いを優先させてばかりいることが、今の自己主張ばかりの社会を作っているのかもしれないとテレビを見ていて思った。

 どうぞ佳い年をお迎えください。来年が皆さまにとって佳い年でありますよう祈念いたします。

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