ともいきエッセー

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vol.128 『「愚者の自覚を」を自らのこととして考えて』

 新型肺炎で世は騒然としている。マスクがない、トイレットペーパーが売り場から消えた。食料も買い占められている。感染者がどこどこで出た、また、どこどこのジムやライブハウスに行っていた。そして今度は小中高校の休校。政府もアタフタしていれば人々もこうした報道にアタフタ。亡くなった方や罹患者には申し訳ないが、こうした報道を見ていると、人間はつくづく愚かな生きものだと実感せずにはいられない。

 誤報やSNSなどの噂に惑わされ右往左往させられ、何が真実なのか解らなくなり不安を掻き立てられる。こんなことは歴史を振り返ればいくらでも見ることが出来るのに、いまだに同じことを繰り返している。これを愚かと言わずになんと言えばいいか。

 浄土宗は、21世紀が始まるのにあたって「21世紀劈頭宣言」を標榜した。その第一番が「愚者の自覚を」だ。人間だれしも至らぬ点があり、神や仏のように完全な人間などいないということだ。ということは、誤報やSNSなどの噂に惑わされ右往左往させられ、何が真実なのか解らなくなり不安を掻き立てられるのが人間、だからしようがないではなく、自分の愚かさを自覚していれば、誤報や噂をそのまま信じたりしないで、「はたして、この報道は真実なのか」と、あまたある報道を調べたりして見極めることもできる。「正しく恐れる」のではなく、正しい判断ができれば恐れることはないということだ。それも自分が愚者であることを自覚できていればである。

 今回の新型肺炎の感染騒動を機に、人間の愚かさについて、これを自らの事としてぜひ考えてほしい。

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