ともいきエッセー

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vol 136「変われぬ人間、変われる人間」

 3回ほど前の本欄に、岩波文庫の中村元訳『ブッダのことば』の再読を始めたと書いた。毎夜続けているが、読み続けているうちに一つのことに気が付いた。それは、同じ内容のことばが多いこと。人間が生きるうえでの真理を説いているのだから当然のことで、これがそのばんたびコロコロ変わっていたら、真理ではなくなってしまうだろう。

 そのいくつかを見ると、「真理を楽しみ、真理を喜び、真理に安住し、真理の定めを知り、真理をそこなうことばを口にするな」と言っている。読みながら、〝では、その真理とは″という疑問が起きてくるが、お釈迦さまは、「思慮ある人は、そのことを理解し傾聴して、理法にしたがった教えを順次に実践し、このような人に親しんで怠ることがないならば、識者・わきまえ知るもの・聡明なる者となる」と。真理とはよく思慮し理解することか。そして、真理に暗い者に対して、「笑い、だじゃれ、悲泣、嫌悪、いつわり、詐欺、貪欲、高慢、激昂、粗暴なことば、汚濁、耽溺をすてて、驕りを除去し、しっかりとした態度で行え」と言う。最初の「笑い」がどういう「笑い」を言っているのか、「嘲笑」なのかも知れないが、こういうことばがそこここに出てくる。

 こうしたことばを読みながら、〝人間というものは変われないものだなぁ″とつくづく思う。2500年前にお釈迦さまの言われた人間のありさまが、そのまま現代のわれわれに通じている。お釈迦さまが「やめなさい」と言っていることは、人間の心理の本質の一つなのかもしれない。では、こういう人間なのだから諦めるしかないのか。いや、違うと思う。人間にはもう一つ、他の生き物にはないものが長い人間の歴史のなかで具わってきたものがある。「理性」だ。お釈迦さまの説かれていることも、この「理性」に基づいていると思う。

 今、コロナウイルス感染のことで、差別や嫌がらせなど様々な問題が起きている。変わらない本質ではなく、理性によって変われる人間であってほしい。

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