ともいきエッセー

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vol 137 「コロナ禍、葬儀も人も変わる?」

 今、世の中は、コロナウイルス感染防止にともなう自粛生活で経済的に大変な様相を呈している。自粛が解除された県があるといっても居酒屋・レストランをはじめとした接客業はいまだ時間制限があり、閉店を考えている店も多いという。また、学生もそうした店でのアルバイトがなくなり、学費や生活費に窮している。政府も急ぎ支援すると言っているが、問題が起こってからの対処というか、すべてが遅れがちになっているような気がする。

 この自粛は、寺院にも大きな影響を与えている。寺院では、法事や年中行事が延期や中止になり、これまでの通夜・葬儀も通夜は行わず葬儀のみ家族だけということが増えているようだ。いや、葬儀も行わず直接火葬場というケースもでている。こうした会場は3密だから致し方ないかもしれないが、この傾向はコロナ禍以前から出始めていることでもある。しかし、このコロナ禍が機となってこうした葬儀式の簡略化がますます全国的に普及していくのではと心配にもなる。

 一方で、寺院もオンラインを利用して、法事や年中行事、そして葬儀までを中継し始めている。これが良いかどうかは今の段階では言えないが、こうしたことが出来るとなれば、当然それを望む人も出てくるだろう。その方が簡単だからだ。しかし、このオンライン中継を行って、檀家からお布施を値切られたという話もある。

 このコロナ禍は社会の在り方を大きく変えると思うが、亡き人を悼み想う葬儀までもが簡略化されてしまうことには抵抗を感じる。特に、親しかった友人の葬儀が家族葬ということで参列できないことはさみしすぎる。遺体に向かって「俺ももうすぐ行くから待ってろよ」くらいは言ってやりたい。

 華美にする必要はないが、葬儀がもつ意味を今一度考える必要があるのではないか。そして、この葬儀の在り方の変化には、家族形態の変化も大きな原因となっている。この家族形態の変化についても考えなければと思う。どこまで他者を思いやれるか、それが現代は崩れてきて、このコロナ禍がますます人と人との関係を疎遠にするのではないかと心を痛めている。

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