ともいきエッセー

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vol.148「コロナ禍の後の社会は?」

 人類の進化は、ことばを使い、家族を持ち、その集団が社会を築いたことによって発展してきたと言われる。ここで大切なことは、この進化は、人々が直接、互いに会って体験したことなどをことばによって情報を交換しあったことだ。新たな発明・発見、そして、社会生活に必要なルールなどがことばによって記憶され伝えられてきた。

 しかし、今の社会はどうだろう。コロナウイルス感染防止のための自粛で、人々が直接会って話したり行動することが抑制されている。もちろん、ことばはある。現在は、SNSなどを使って情報交換や日常的な話はできる。しかし、人間が直接に会って、互いの顔を見ながら話す中には、ことばだけではなく、その表情や雰囲気から多くを得てもいる。これが人間が社会生活をする上で大切なことなのだが、自粛によってできなかったのだから、人間が持つ本質的な欲求が満たされなくなっていることになる。だから、自粛が解除になって行動の自由が広がれば、人々は自粛のウサを晴らさんばかりに家から外に出た。そして、再び感染者が増えだしている。コロナウイルス感染防止には、私たち一人ひとりがもっと注意し、我慢しなければいけないことがあることは解っている。解ってはいるが......、やはり私たちは人間、肌を寄せ合い、顔を合わせて話す事を望むのである。

 今の世の中を見ていると、ことばは空虚に空中を飛びかい、家族は崩壊に近く、人々は社会性を失って孤立し「自分だけ」の世界に遊ぶ。これはコロナ禍以前から見えてきたことだが、現在のコロナ禍がますますその様態を進めているようにも感じられる。この状態は、人間が進化してきた道を逸れることではないか。

 そして、このコロナ禍は今後の社会を大きく変えるだろうとも言われている。人間が人間として生きる社会になるんだろうか。合理性や効率、そして有益性ばかりが優先され、人間の情動が無駄なことと無視されるような社会にならないだろうか。心配だ。AI技術もますます進歩するだろうし、はたして人間が人間らしく生きることの社会になるのだろうか。

 人間は一人では生きられない。そして愚かな生きものなのである。これを肝に銘じて、今のコロナ禍、そして、その後の社会のあり方を、今考えることが必要なのではないだろうか。

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