ともいきエッセー

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vol 168「もっとゆったりと生きたい」

 近年、"我慢が出来ない・待てない"というか、結果だけを早く求めたり、物事が早く進むことを望んでいる人が増えていると思う。そして、それが良いことだと。最近は、それがますます激しくなっているように感じる。
 スマホで連絡しても、返事がすぐに来ないでイライラ。休日でも仕事先から連絡が入り休む間もない。エスカレーターで止まっていると、後ろの人から急かされる。電車などの交通機関も、スピードアップばかりを考えている。企業などでは、新入社員の教育をしないで直ぐに役立つ人間を求め、そして成果を求める。ゆっくりじっくり育つのを待てない。注文主は、時間通りに製品が届かないと「何やってんだ」と怒る。子どもたちは、学校が終わっても塾や習い事で遊ぶこともできない。家族そろっての食事などは遠い昔のこと。こんな人とは思わなかった、と言っての離婚。街を歩く人々のスピードもセカセカと速くなった。テレビやラジオの出演者やアナウンサーの話し方も早く感じられる。全ての物事がスピードアップされ、それでいい、それが当たり前と皆が思い込んでいる。
 今の世の中、全てがすべて便利さや成果を求め、そのための効率優先で無駄を廃する考え方に見えてならない。最近の幼児虐待や直情径行的な事件が増えているのも、我慢が出来ずに待てないところから起きているようにも思える。皆がみな、精神を病んでいるのではないか。
しかし、一方で過疎化が進んでいる地方によっては電車やバスが1時間や2時間に1本という地域もあるではないか、地方はのんびりしているよ、と言う人もいる。しかし、これはのんびりしているのではなく、利用者が少なく採算がとれないという効率重視の考え方で、早い話が見捨てられた、ということだ。
 こんな成果主義や便利さだけを求める効率優先の世の中でいいのだろうか。こうした考え方は私たち人間に何をもたらすのだろうか。人間は、心も体も傷めつけられているとしか思えない。ジワジワと真綿で首を絞められていながら、それに気づかないで、いや、それが当たり前のようにさえ感じているのではないか。もっとゆったりと時の流れを五体に感じ、日がな一日をボーとして過せるような時を持つことは出来ないのだろうか。無駄な時間も人間にとっては大切な時間だと思えるのだが......。

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